2006年11月17日

ひらめき 音楽の翼に乗ってパート−2は引っ越します

≪ながらくご愛読いただきました パート−2も 容量が
一杯になりましたので 引越しすることになりました≫

昨年8月に引っ越してきましたが 約1年で30MGを使い切りました。
引き続きパート−3を作りましたので これからはこちらを わーい(嬉しい顔) ご贔屓にお願いします。わーい(嬉しい顔)


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ふわふわ。りさんから


★音楽の翼に乗ってパート−3のURLは 下のとおりです。
http://travel-music-3.269g.net/
ニックネーム ハマの萱さん at 18:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年11月16日

眼鏡 またまた最近気になること

≪日々の移り変わりの早い中 この世相もいろいろあって 楽しいんだか 
情けないんだか これも世の中≫


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街中で 靴が歩いている。
普通は 足が歩くのではないのだろうか。

少し周りを見渡すと なんと靴が歩いている人が多いことか。

たまに足が綺麗に歩いている人がいると 見とれてしまう。
きっとお仕事も 良く出来るんだろうな。

さあ明日も 希望を持って 出かけよう
ニックネーム ハマの萱さん at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記帖

2006年11月14日

イベント 梶さんは「箱根」から静岡「大道芸」見物へ

≪箱根・静岡から もう梶さんは早くも紀伊半島へ向かいました。≫


今日は立冬、木枯らしの吹く季節となりました。
と言っても、北海道の友はとっくに降雪氷結経験してふるえているでしょうし、石垣島の友は夏みたいで泳いでいるかもね。
日本はホンニ 広いですねえ。皆さんお元気と思います。
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黄金色に輝く里、湯西川平家の落人たちは、きっと華麗な秋をながめながら・・・ 男どもは、勇ましく戦った緋色のよろい姿を 女は綺麗に着飾った十二単や緋の衣を 赤、黄、緑の染め分けでは 華やかな食卓の「唐三彩」の陶器をなつかしんでいたことでしょう。
そして 女は黄金色に輝くさまに、栄華をきわめた、ありし日に涙し
男は落ち葉ふみしむ音に、再起の思いを秘めたにちがいない。
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三日に湯本温泉の「箱根大名行列」見物をしてきました。灯台もと暗しで初めてでした。
鉄砲隊が放つ音が箱根の谷に響き渡っていました。
箱根の山は天下の険、八里の山道を参勤交代の諸大名団体が往復したんですよねえ。
見世物のヤッコ踊りなんかやっていられなかったことでしょう。

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(湯本芸者少ないので、水商売のおなごを総動員したそうな)
湯本の祭りはとうに終わったのに、4時間たっても、芦ノ湖帰りの車が渋滞してました。

(赤い陣羽織を着込んで 鉄砲の一斉射撃は 迫力がありそう。)

んで、私は動かずに箱根湯本温泉でP泊しました。
夕飯はしいたけ、ダイコンなどつっこみ鍋煮込みで室内もあったかい。
あったかしるこもすすりました。
箱根の紅葉はこれから、山中湖は見頃でしたから富士五湖はみんないいかも。

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静岡の「世界大道芸フエステイバル」 を、チョコット覗いてきました。
50組ぐらいの芸人達が駿府城中心に市内あちこちでやってました(20ケ所)


(横浜も野毛地区で 毎年大道芸大会を開催していましたが これでは静岡に お株を取られそうですね。 梶さん)

一昨日は身延山で身を清め、昨日は南アルプス街道です。
こんなところに自遊人の無料温泉あるんです(奈良田温泉)
自遊人80無料温泉は残すところアト、16となりました。
今日は南アルプス市近くの山口温泉、ここも無料です。ありがたいです。

明日から紀州へむかいます(タダ温泉が十津川など4ケ所ある)
途中、中山道木曾福島宿で旬のそば饅頭。楽しみです。
木曽川河畔の弥富町の友にも会って行こう。
奈良の友とのカラオケもゴッツたのしみ。

「いい人いい旅いい老後」の梶さん
harukaji@jupiter.sannet.ne.jp
http://www.jupiter.sannet.ne.jp/harukaji/
090-9376-3646
ニックネーム ハマの萱さん at 18:00| Comment(0) | TrackBack(9) | 梶さんのページ

2006年11月13日

ふらふら 貧すれば鈍する

≪林芙美子さんの「放浪記」第三部を読んでいます≫

芙美子21歳 ものは書いているがどれも売れないから 日々の糧にも事欠き 今で言うスナックの女給(ウエイトレス・ホステスか?)や飲食店の女中勤めをするが どれも長続きしない。

常にお金が無く食べるのにも困って お茶碗一杯のご飯を食べたいという思いへ行ってしまう。
大正から昭和にかけて 東京では周囲を見回すと このような境遇の女性がたくさんいた。

冬になっても暖を取るすべがなく 近所の破れ板塀の板まで剥がして 薪にしてしまう。
お金がないから袷を重ね着して 布団さえ質屋に入れてしまう生活です。

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わたしの勤務している会社は 規模はまあまあ 製造業で無いけれど「大企業」です。
そして事業部・部門によっては業績に大きな差が出てきている。
年度始めの計画が前年プラスで たまたま?前年の業績が良かったが 毎年努力してもそんなに美味しい話はない。
下期の業績見通しが悪く お偉方は毎月愚にもつかぬ対策会議をしているが 新規の顧客を取り込むまでにはいたっていない。

そしてどうする。
★そこでお決まりの経費節減の「大号令」が発せられる。
本当に経営者の考えは知恵がないねえ。

経費節減はもともと絞られているから驚かないが 時間外・残業の大ナタが入る。誰も生活のために残業するわけでもないし ダラダラ業務で残業している分けでもないのに 数字的に見れば発生しているからでしょう。

契約社員や派遣社員が多く 正社員に自ずから負荷がかかる図式になってくる。
削減して早く帰れということではなく 業務だけはキッチリこなせと言外にあるから 労働強化と考えても良いようである。

毎回貧すると上層部は こんなリストラ紛いの知恵しかないのかと思うと 早晩この会社ともお別れかなとも思う 今日この頃です。

まだ他社に売り込めるだけのノウハウがあるので 転職でも考えるかな。
ニックネーム ハマの萱さん at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記帖

2006年11月12日

犬 あれれれれ! 兎の狛犬?だよ

≪土曜の朝のTV番組 「ぶらり途中下車」の旅を見ていたら 
信じられない物をみた 驚いたなあ〜≫

それは 神社の入り口には普通 鳥居と狛犬さんがありますよね でもこの神社には 鳥居もなく 狛犬の代わりに「うさぎ」なんです。

境内は何から何まで「うさぎ尽くし」で 本当にびっくりしました。
この神社の名前は「調神社」呼び方は「つきじんじゃ」と言うのだそうです。

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場所は浦和駅の南西約五百メートル 旧中仙道東側に鎮座しています。
旧埼玉県社で御祭神は天照皇大神 豊宇気姫命 素戔鳴尊の三柱を祀る(伊勢神宮と同じ)。社名を調(つき)神社。地元では「つきのみやさま」と愛称されているんだそうです。
 『調宮縁起』によれば、第十代崇神天皇の勅命により創建されたそうです。(約1,800年前) とても由緒ある神社なんですね。

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★「調神社」のいわれは。
ツキに恵まれる神社として、ツキにちなんだ狛犬ならぬコマウサギがいる神社として有名であるが、調は、租庸調の調であり、律令下に、都に納めるための調が集積された。また鳥居を建てないことになっていることでも有名である。

★「調神社」のことは こちら をご覧ください。

「ぶらり途中下車の旅」は 思いがけない発見があって 楽しみな番組ですね。
ニックネーム ハマの萱さん at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記帖

2006年11月11日

ふらふら 思いがなかなか伝わらないこと

≪自分の思い込みが強くて 周りを巻き込もうとしても話が空回りをして 
気持ちが一つにならないことってありませんか≫

皆んなが知っていることを話し合うときは 共通の認識があって 楽しいことや 哀しいことや 苦しかったことなど それぞれ心の中に浮かべて共有することが出気るから 話が弾むということになる。

これが音楽や 映画や 小説(本)のことなどになると まず同じものを聴いたり 見たり 読んだりしていないと 話は少しも前に進まないものだ。

音楽は話題のあるものヒット曲は TV番組や街中で何処からか情報が入る。 映画もTVコマーシャルや新聞雑誌で宣伝紹介されるから ある程度の予備知識が得られる。
それに比較して「小説」(本)は 音楽や・映画に比べると 極めて情報量が少ないので まず読まなければならない。

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本は書評を読んだり 紹介情報でトップ(さわり)を見る。 多分にCMなので誇張もあり ベストセラー作家で書風が確立していれば 問題は少ないが 新人や外国物の新刊はそうはいかない。
書評も書評家の主観が入るので 評判作と思って読んでも期待が外れることが多い。

私は○○○を読んでこういう印象を持ったと話したり 書いたりしても読んだことのない人には 何のことか分からず興味も沸かないのではないか。 まして昨今「活字離れ」の世の中なので更に難しい。

音楽や映画の感想を書くほどには 共感を「本」は呼ばないのではないだろうか。
良いと思う本を どういうように伝えたら中身が分かるか 共有化出来るか 模索が続きます。

紹介するにも 客観性がたいへん大きな比重を占めるなと考えています。
ニックネーム ハマの萱さん at 17:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記帖

2006年11月10日

雨 雨の日に思うこと(続き)

≪雨の日はなんとなく メランコリーになる人が多いようだけれど 
私はなんとなく 落ち着いた気分になり好きです≫
 
今は昔の日本家屋のように 小さな庭に面して濡れ縁がある家がなくなりました。 熱い夏の日 陽が陰ってからの夕涼み 秋の夜長のお月見虫の音を聴く 冬の暖かい陽だまりのくつろぎの場 雨の日の洗濯物の干し場として いろいろ生活の場に欠かせませんでした。 そしてわたしはこの濡れ縁に座ったり また窓越しに降る雨から 見えてくる世界が好きなんです。

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春から夏にかけて 新緑を輝かせる雨 秋から冬にかけて 木々の紅葉をしっとり落ち着かせる雨。 情景を思い浮かべるたびに良い風景だなと思う。
春夏秋冬 街や山や川への自然の恵みや 農作物に潤いをもたらすんだなと いつも思って育ちました。

利休鼠の雨と聞いただけで「北原白秋」の「城ヶ島の雨」から 三浦半島・城ヶ島の情景が 詩の言葉どおりのように浮かんできます。

そんなわけで雨の日が嫌いになることは これからもないでしょう。

★利休鼠(りきゅうねずみ) 
緑味のある鼠色をいいますが、利休の名をつけたのは言うまでもなく、織田信長や豊臣秀吉の茶頭であった桃山時代の茶人、千利休にちなむものですが、利休が好んだという意味ではなく、抹茶の緑色からの連想で後世の人が名づけたものです。他にも利休茶などがあります。江戸時代に愛好されたようですが、明治に入ってからも流行色となっています。
ニックネーム ハマの萱さん at 19:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2006年11月09日

いい気分(温泉) 梶さんの「湯西川温泉」便りから

≪紅葉はいま 栃木県の秘境 湯西川を全山真っ赤に染めています 
梶さんは秘湯を求めて 北関東の野を走っていました≫

お元気ですか?私めは、元気ハツラツ青年の意気で・・・・
「錦秋の もみじラインに 湯西川 黄赤に燃える 道とパノラマ」
わおっ!WAooooo!の連続に魅せられております。
         
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特に平家落人の里「湯西川」への林道はサ、サイコウー!
トンネルバイパス工事急ピッチのこのあたり、間もなく旧道は閉鎖とのこと。
湯西川の河原の露天(じろじろ見られるが無料)に浸かりけり。
         
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コノアト、川俣、日光経由「箱根大名行列」でタイムスリップ予定ナリ。

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「いい人いい旅いい老後」の梶さんから・・・ではまたね。

てな 楽しい便りを送ってくれました。 山は日々寒さが厳しくなって
きますので お体大切に旅を続けてください。
ニックネーム ハマの萱さん at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 梶さんのページ

2006年11月07日

がく〜(落胆した顔) 雨の日の地下鉄の車内で

≪最近思いがけない光景を見ることが多くて 戸惑ってしまう≫

・目の前に立った若い女性が 持っていた濡れた折りたたみの雨傘を パタット床に落とした。
拾うのかなと思ったが これが拾わないで 熱心に携帯電話でメールをしている。

若い女性の前の席が空いて女性は座ったが 傘は床にそのまま足で少し座席の方に引き寄せただけである。

・良く考えれば濡れているので そのままにしておくのは分からない事でもないが 何か不思議なものを見ているような気がした。
床などに置き放しにしないで 手で持たないんだろうと考えてしまう。

・電車の車内でお化粧も・ペットボトルの飲料水を飲むのも 菓子パンを食べるのも見慣れた光景になってしまったが 何か物事がどんどんエスカレートして来て 変な意味で興味が尽きない。

suisui3.jpg ふわふわ。りさんから

・若い人の服装・カラーコーディネイトがちぐはぐなんてのは もう当たり前で自分が気に入ったものなら お構いなしの世界が広がっている。誰もおかしいよ とも言えず 余計なことを言えば 目をキットして睨まれてしまう。

ボーイフレンドの言葉なら聴く耳を持つと思うが こちらも滅茶苦茶なスタイルなので とどのつまり「シック」とか 江戸言葉「粋」などと言うのは誰も分からない。 これも時代かなと昨今思う次第です。
ニックネーム ハマの萱さん at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年11月06日

トイレ ≪硫黄島に思うこと≫

≪このところ硫黄島のことを考えている 「父親たちの星条旗」・
「硫黄島からの手紙」の映画のことがあるからだと思っている≫

その島は写真で見る限り 太平洋に浮かぶ絶海の孤島に見える。島は周囲3平方キロ位で島の北端に火山の特徴である 小さな噴火口を持つ小高い山(海抜50m位か)が海面から聳え擂鉢を逆さに伏せた形容がピッタリの 擂鉢山がありあとはその昔溶岩が流れ出した 不毛の大地があるだけである。

硫黄のため作物は実らず 飲料水も雨水だけで アメリカが「マッコウクジラ」から良質の燃料油を得るために 捕鯨船が活躍していた19世紀でも 小笠原諸島より重要視されていなかった。

「硫黄島」の位置は東京から伊豆七島・八丈島・小笠原諸島を経て 南南西に200キロ 1200キロの彼方にあり 更に1200キロ先にグアム・サイパンがあります。
文字通り硫黄を採取するために存在する 悪臭漂う島なのです。

第二次世界大戦中の日本は対米戦を想定し グアム・サイパン・硫黄島が戦略的見地からこの島を強固に要塞化したのです。

今思えば戦略物資補給の困難な「硫黄島」は 旧日本軍が占領地拡大路線が生んだ「まぼろしの基地」であったと思う。海軍力が強く補給が十分に出来れば戦略的価値があるが 大型軍艦の停泊する港も補給艦を護衛する艦隊も来ない島で 最後は「降伏することも許されない」所謂見殺しの島であったのです。

アメリカ軍にしてみれば 本土・ハワイ・ガム・サイパン・硫黄島に 日本に対する前線基地を設置すれば 日本本土攻撃のために手に入れたい島であったことは予想される。

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「硫黄島の激戦」で4万人の兵力と膨大な銃器・火力を持ってすれば5日で落とせると作戦を立てたが 対する日本軍は「生きて帰れず捕虜にはならないとの戦陣訓」で 日本軍の精神力だけで戦い 一平卒まで特攻作戦を行った この悲劇は何も語ることを得ません。

擂鉢山の洞窟には硫黄の悪臭と40度を越える地熱 そして食料・飲料水の徹底的な不足 圧倒的な物量を誇るアメリカ軍の前に戦意喪失感もあったでしょう。アメリカ軍の猛攻撃に弾薬も尽き絶望的な中で どう戦い死んでいったのでしょう。

★旧日本軍は戦国時代の気風そのまま 兵站・戦略物資の補給(ロジスティクス)の概念が薄く 食料などは現地調達が原則で 侵略した国から行軍しながら略奪していた。
長く伸びた戦線への補給という 戦略的大原則を軽視した戦いが「硫黄島や南方諸島」に全てあてはまるでしょう。
この一面を見ても国力がない中での無謀な戦争といえます。

「硫黄島」や総ての戦線で 国のために「不幸にして敵・見方」に分かれて戦い 国民として亡くなった人々に 心からの哀悼の辞を捧げます。


いまでもこの島は 日本の自衛隊の基地がおかれ 自由に渡航が許されていません。 しかし戦後60年 この島も緑豊かな平和な島に生まれ変わっています。
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ニックネーム ハマの萱さん at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記