≪このところ硫黄島のことを考えている 「父親たちの星条旗」・
「硫黄島からの手紙」の映画のことがあるからだと思っている≫
「硫黄島からの手紙」の映画のことがあるからだと思っている≫
その島は写真で見る限り 太平洋に浮かぶ絶海の孤島に見える。島は周囲3平方キロ位で島の北端に火山の特徴である 小さな噴火口を持つ小高い山(海抜50m位か)が海面から聳え擂鉢を逆さに伏せた形容がピッタリの 擂鉢山がありあとはその昔溶岩が流れ出した 不毛の大地があるだけである。
硫黄のため作物は実らず 飲料水も雨水だけで アメリカが「マッコウクジラ」から良質の燃料油を得るために 捕鯨船が活躍していた19世紀でも 小笠原諸島より重要視されていなかった。
「硫黄島」の位置は東京から伊豆七島・八丈島・小笠原諸島を経て 南南西に200キロ 1200キロの彼方にあり 更に1200キロ先にグアム・サイパンがあります。
文字通り硫黄を採取するために存在する 悪臭漂う島なのです。
第二次世界大戦中の日本は対米戦を想定し グアム・サイパン・硫黄島が戦略的見地からこの島を強固に要塞化したのです。
今思えば戦略物資補給の困難な「硫黄島」は 旧日本軍が占領地拡大路線が生んだ「まぼろしの基地」であったと思う。海軍力が強く補給が十分に出来れば戦略的価値があるが 大型軍艦の停泊する港も補給艦を護衛する艦隊も来ない島で 最後は「降伏することも許されない」所謂見殺しの島であったのです。
アメリカ軍にしてみれば 本土・ハワイ・ガム・サイパン・硫黄島に 日本に対する前線基地を設置すれば 日本本土攻撃のために手に入れたい島であったことは予想される。

「硫黄島の激戦」で4万人の兵力と膨大な銃器・火力を持ってすれば5日で落とせると作戦を立てたが 対する日本軍は「生きて帰れず捕虜にはならないとの戦陣訓」で 日本軍の精神力だけで戦い 一平卒まで特攻作戦を行った この悲劇は何も語ることを得ません。
擂鉢山の洞窟には硫黄の悪臭と40度を越える地熱 そして食料・飲料水の徹底的な不足 圧倒的な物量を誇るアメリカ軍の前に戦意喪失感もあったでしょう。アメリカ軍の猛攻撃に弾薬も尽き絶望的な中で どう戦い死んでいったのでしょう。
★旧日本軍は戦国時代の気風そのまま 兵站・戦略物資の補給(ロジスティクス)の概念が薄く 食料などは現地調達が原則で 侵略した国から行軍しながら略奪していた。
長く伸びた戦線への補給という 戦略的大原則を軽視した戦いが「硫黄島や南方諸島」に全てあてはまるでしょう。
この一面を見ても国力がない中での無謀な戦争といえます。
「硫黄島」や総ての戦線で 国のために「不幸にして敵・見方」に分かれて戦い 国民として亡くなった人々に 心からの哀悼の辞を捧げます。
いまでもこの島は 日本の自衛隊の基地がおかれ 自由に渡航が許されていません。 しかし戦後60年 この島も緑豊かな平和な島に生まれ変わっています。













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